Umwelt

Textiles & Objects

BRIAN ENO AMBIENT KYOTO

先週、ブライアン・イーノの展覧会に行きました。

雨の日だったからか、各フロアは混雑しておらず、ゆったりと鑑賞することができました。

以下、イーノについてのウンベルト・レポートです✒︎

今回はイーノの人物像について、これまで彼がどのような活動をしてきたか、サイト内の過去動画とリンクさせながら書くことにします。イーノを入り口にすると、どのように音楽体験が広がるかという意味も込めて(以前のブログ記事をこちらのサイトに移植しているため、リンク先のレイアウトが整っていない場合があります)。

「ノン・ミュージシャン」としてのイーノ

おもに70〜80年代に絞って、なるべく簡潔にイーノの経歴をご紹介しましょう。イーノは、アートスクール在籍時から視覚芸術のみならず、電子音楽などにも関心を示していました。ロキシー・ミュージックにキーボーディストとして参加するも、セカンドアルバムのレコーディング途中で脱退(動画はイーノ脱退後のロキシー)。そのころのイーノは派手なメイクとコスチュームを身に纏っていました(時代はグラムロック全盛期)。その後、キング・クリムゾンのロバート・フリップとアルバムを共同で制作しています(後のアンビエントを先取りしている感があります)。

1975年、イーノに転機が訪れます。彼は事故で入院するのですが、その体験から着想を得て「目立たない、控えめな音楽」という意味のアルバム『ディスクリート・ミュージック』を制作します。イーノによれば、このアルバムが初のアンビエント・レコード(後で詳しく触れます)だということです。それをきっかけとして(仄暗いという意味の)オブスキュア・レーベルを立ち上げ、ポピュラー音楽やロックの枠に収まらない実験音楽のようなレコードをリリースし始めます。またドイツのミュージシャン達とアルバムを制作したり、ソロ名義の作品も発表しつつ、『ミュージック・フォー・エアポート』などの有名なアンビエント・シリーズを発表します。

偶然ミュージシャンの道を歩むことになった「ノン・ミュージシャン」であるイーノですが、音楽プロデューサーとしての活躍にも目を見張るものがあります。このサイトの記事にもよく登場するデヴィッド・ボウイ(ベルリン3部作)トーキング・ヘッズDEVO、ノーウェーブのきっかけとなった『No New York』など、どれも重要作品です。まだまだ言い足りないことも多いのですが、このあたりで彼の音楽活動については割愛いたします。

メディア・アーティストとしてのイーノ

今回の展覧会を鑑賞する上で、この方面についても言い添えておきます。イーノは現在に至るまで、ヴィデオ・テープ、レーザーディスク、フロッピーディスク、CD-ROM、DVD など媒体を変えながら、オーディオ・ヴィジュアルな作品、例えばコンピュータのスクリーンセーバー、iPhoneのアプリ、はたまたWindows 95 の起動音、そして場や空間を作品として提示するインスタレーションの発表を継続して行っています(古いフロッピー、CD-ROM作品なども所有していますが、ハードの都合でいまは観られません。最初のヴィデオ作品である『Thursday Afternoon』はブラウン管のモニターを縦にして観るという指定までありましたが、DVDではその面倒はなくなりました。この作品はレコード・CDによる音源も発売されていて、いまも愛聴盤のひとつです)。

ところで、日常的にアンビエントという言葉を耳にする機会もあるかと思います(アンビエント・カフェ等)。そもそも今回の展覧会タイトル〈BRIAN ENO AMBIENT KYOTO〉にもアンビエントが入っているわけですから。改めてアンビエントという言葉にどんな意味があるのか見ておく必要があります。

イーノ自身による「アンビエント・ミュージック」の定義

同じようなものとして思われている音楽に「BGM」「環境音楽」、また聞き慣れないかもしれませんが、デパートや工場などの背景音楽として使用される「エレベーター・ミュージック」「ミューザック」と呼ばれるジャンルもあります(このところのニューエイジ・ミュージック再評価、ヴェイパーウェイヴバレアリック以降、上記の音楽に現代的な感覚を見る向きもありますが、文脈が異なるので詳しくは触れません。リンク先の動画をお楽しみください)。

そのような音楽と「アンビエント・ミュージック」の違いについて、やや長くなりますが重要なことなので、イーノの言葉を抜粋しておきます。

既存の缶詰音楽会社[ミューザック(株)]たちは、それぞれの環境の音響的・雰囲気的な独自性に覆いをかけることで、環境を一様化しようという意図から始めているのに対して、アンビエント・ミュージックはこうした独自性を強調しようとする。伝統的なBGMが、あらゆる疑いや不確実性(つまりはまっとうなおもしろさすべて)をはぎとることで作られるのに対して、アンビエント・ミュージックはそうした特性を保存する。そしてかれらの意図は環境に刺激を加えることでそれを「明るく」すること(そしてそれによって機械的な作業のつまらなさを緩和し、肉体的なリズムのばらつきを均一化するものとされている)であるのに対し、アンビエント・ミュージックは平穏さと思考の余地を生み出すよう意図されている。(ブライアン・イーノ『A YEAR』山形浩生訳、1998年)

「アンビエント・ミュージック」が意図するもの

例えば、オフィスでの仕事、カフェでの勉強や読書、買い物、乗り物での移動といった状況で、どこからともなくBGMが流れる、あるいは好みの音楽を聴きながら作業するといったことは、現代ではもはや当たり前のことになっています(ここでは、こうした音楽の聴取体験が、すでに環境に組み込まれているか、AirPods などからサブスクリプション・サービスでランダムに流れてくることを想定しています)。しかしこのような受動的な聴取のあり方を歴史的に遡ってみると、工場やショッピング・センターにおける騒音のマスキング、作業の効率を上げる、気分を和らげるなどの「機能性」が目的としてあり、それをイーノが揶揄している「缶詰音楽会社」が担っていたこともまた事実です。

イーノの意図をまとめると、上述した音楽の受動的な聴取行為は、環境を均一にし、わたしたちをせわしなく、あるいは逆に気散じさせて、思考と感覚を麻痺させようとします。それに対して、アンビエント・ミュージックは「平穏さと思考の余地を生み出すよう意図された」音楽の提示を試みるものである、ということになります

「ジェネラティブ・ミュージック」とは何か

1975年の『ディスクリート・ミュージック』はまた、「生成音楽 Generative Music 」でもあるとイーノは言います。こうしたイーノの「システム」への関心は、今回の展覧会を構成する作品にも継承されています。会場一階に展示されている『77 Million Paintings』では、システムによって生成される視覚的なパターンの上限が77 million(7700万)通りにもなる、複数のモニター画面と音響設備などから構成される視聴覚作品です。

わたしが長いこと興味をもっていることの1つに、音楽や視覚的な体験をつくり出せる「機械」や「システム」の発明がある。こういう「機械」は、多くの場合は実体としてのものではなく、概念的なものだ。要するに、わたしの指定した材料やプロセスで音楽をつくるけど、その組み合わせ方や相互作用は指定しないでいい、というものだ。(同書)

むろんこうした考え方は、1975年以前から存在しています。イーノ自身は、とりわけスティーブ・ライヒに影響を受けたと書いています。また、60年代後半以降のコンセプチュアル・アートでも、こうした方法論をこのむ作家はいるのですが、イーノのように音楽と視覚芸術を組合わせ、ここまでハイ・クオリティな作品を制作できる作家が果たしてどれだけいるでしょうか。

さて、そろそろウンベルト・レポートも筆を擱くときがきました✒︎

今回のイーノの展覧会図録を見ると、初期のアイディアに始まり、現在に至る数多くのヴィジュアル作品やインスタレーションの図版、そして最新のインタヴューも掲載されています。とても良い図録なので、会場内の作品を十分に堪能したあとで ENOSHOP に立ち寄り、ぜひ手にとってご覧ください(廊下、トイレの音楽と香りも要チェック)。Umwelt 店内では、展覧会のチラシをご用意しております。