映画館のレイトショーで、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督作品『ある画家の数奇な運命』(原題:WERK OHNE AUTHR)を観ました。
舞台は1930年代後半から1960年代のドイツ。画家のモデルとして公表されているのはゲルハルト・リヒターですが、いわゆる伝記映画ではありません。虚実入り混じったエピソードの肉付けによってメッセージ性の強い作品になっています。
絵を描くことがすきな主人公を通して、戦後ひたすら「我」を否定して社会の歯車になることを強要する東ドイツ(主人公が生まれ育った場所)の状況と、それとは対照的な西ドイツの「自由」や「自分らしさ」を追求しようと葛藤する人々の生き生きとした様子が如実に伝わってきました。
また、物質的にも豊かな西ドイツの表現として、街角の電器店にデンマークのポール・ヘニングセンによるランプ(とくにアーティチョークはデザインされて数年後)がいくつも吊り下げられていたことも分かりやすく、うれしくなりました。
同時代のヨーゼフ・ボイスやジグマー・ポルケらをモデルとした人物も登場します。リヒターが通う美術学校は、あらたな表現を模索する学生のエネルギーで充満しているのですが、そんな環境のなかで型破りなボイスの講義が行われていたり(あるいは飛行機事故に遭ったボイスが経験したという不思議な出来事さえも映像化されるなど)、とても興味深かったです。
物語の終盤、もうキャンバスという表現形式は終わったとさえ言われていた絵画に再び向かい合うことを決めた主人公が、ふいに円筒形のガラスに花を一輪すっと挿すシーンが印象に残りました。
3時間ほどの上映時間はあっという間で、「我」をぶつけることで(そうせざるを得なかった時代において)新しい道を切り拓いた主人公から気が付けば目が離せなくなっていました。
映像の美しい画面構成や色彩の対比と調和も見どころです。