Umwelt

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Blue Monday

スウェーデンの港町にて。
I looked up at the sky at the port city in Sweden.

こちらは New Order によるオリジナルの「Blue Monday」(1983年)。

最近、俳優業で多忙なピエール瀧さんは、インタヴューでこの楽曲を初めて聴いた時のことについて触れています。

中1の頃の瀧さんはクラス委員長、勉強しないのに学年50位以内。当時やっていた剣道は、あまり練習しないのにベスト8の腕前。ところが、中2の秋(ちょうど3年生が辞める時期)にいきなり野球部に移り、そこでも4番でキャッチャーの座を獲得。しかし不運にも練習試合でボールが目にあたり、両目2.0だった視力が片方0.3に(持ち前の性格で、くよくよせず落ち込まない)。その後、野球よりも大学進学に気持ちが向き、勉強、野球ともに一番の静岡高校を(野球に気を取られ過ぎないように)避けて、二番目の東高に入学。
そしてこの頃、瀧さんは自分の運命を変えるような出来事に遭遇します。「そこで伊東という男に出会うんですよ。そいつが石野と同じ中学出身で、そいつにYMOの好きな奴がいるから遊びに行こうって連れてかれたのが石野の家だった。高1の夏です。その時、初めて会った石野が僕に聞かせたのが「ブルーマンデー」だった」(電気グルーヴ『俺のカラダの筋肉はどれをとっても機械だぜ』JICC出版局、一九九二年、七八八三頁を参照)。
後に電気グルーヴを結成することになる石野卓球さんとの出会い、そして「Blue Monday」を聴いたことによって、瀧さんの人生はそれまでとはまったく違う方向へと進み始めるのでした。